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安倍首相が、G7首脳会議で行った「リーマンショック前の状況に似ている」発言の存在自体を否定していて驚いた。

ロイター 2016/05/30 安倍首相が消費増税の2年半延期を表明、自民役員会で異論出ず

また、サミットにおける世界経済議論に関し、安倍首相は「私がリーマンショック前の状況に似ているとの認識を示したとの報道があるが、まったくの誤りである」と発言。「中国など新興国経済をめぐるいくつかの重要な指標で、リーマンショック以来の落ち込みをみせているとの事実を説明した」と述べたという。

元の報道は下記。他のメディアも同じような認識だったと思う。

NHK ニュース 2016/05/26 サミット討議で首相「リーマンショック前と似た状況」

この中で安倍総理大臣は、IMF=国際通貨基金のデータなどを基にまとめた資料を示し、食料や素材など世界の商品価格が2014年以降、およそ55%下落し、2008年のリーマンショックの前後の下落幅と同じになったことや、去年、新興国への資金流入がリーマンショック後に初めてマイナスになったことなどを指摘しました。
そして、安倍総理大臣は「リーマンショック直前に北海道洞爺湖サミットが行われたが、危機の発生を防ぐことができなかった。その轍(てつ)は踏みたくない。世界経済はまさに分岐点にあり、政策的対応を誤ると危機に陥るリスクがあることは認識する必要がある」と述べ、世界経済を回復軌道に戻すため、G7の政策協調を呼びかけました。

朝日新聞 2016/05/28 「リーマン前」に異論 新興国の指標に唐突感

26日午後、世界経済に関する首脳会議で、安倍首相は参考データとして、グラフを交えたA4の紙4枚の資料を配布した。原油など資源価格の推移、新興国の経済指標などを示し、各所に「リーマンショック」という言葉が入り、2008年9月のリーマン・ショック前と、現在がいかに似ているかを強調している。

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さてこのグラフ  (上記朝日新聞から引用) を見ると確かに商品価格がおよそ55%下落しているところは似ているように見える。

しかし考えないといけないのはリーマン・ショックとの因果関係だ。今の状況が新たなリーマン・ショックを引き起こすのか。財政出動がその新たなリーマン・ショックを防ぎ、洞爺湖サミットの轍を踏まずにすむのか。

まず忘れがちなのは「リーマン・ショック」(= リーマン証券の破綻) は2008年経済危機のシンボルではあっても原因ではないことだ。

原因はサブプライムローンの破綻  (Wikipedia によると「ファニーメイ」、「フレディマック」が国有化されたのは2008年9月だがその前から始まっていた) で、金融工学という魔法でリスクを減らして組み込んだ各種金融商品が総崩れになって、株価も大幅下落という状況から、リーマン証券は破綻したのであった。

商品価格の下落も同じように世界経済危機の結果だろう。すなわち、サブプライムローンの破綻に端を発する世界経済危機が原因で、リーマン証券の破綻と商品価格の下落は、どちらもその結果なのである。これは統計でよく見られる過誤の一つだ。

しかし図をまたよく見て欲しい。商品価格の下落は2008年7月から2009年2月までで、リーマン・ショックは2008年9月。「リーマン・ショック前」の状況とは言えず、因果関係に必要な時間関係さえ満たしていないではないか。これはこじつけにもなっていない。各国首脳が「?」となるのも想像できる。

そして現在起こっている  (起こっていた) 商品価格の下落は、朝日新聞にあるようにシェールガスの供給過剰、その前にシェール革命そのものの結果であろう。同じ原因で経済経済危機が引き起こされるとは考え難い  (資源に頼る新興国には辛い状況だろうが)。むしろシェール革命は歓迎されていたではないか。

さて洞爺湖サミットの轍についてだが、行われたのは2008年7月。リーマンショックの原因は米国のサブプライムローンの破綻だとすると、それを予見するのは難しかったかもしれないし、予見されていたとしてもそれは米国の国内問題として取り上げられなかっただろう。

「リーマンショック前の状況に似ている」発言の否定に戻るが、これがロイターによって世界に発信された訳だ。これを聞いた各国首脳はどう思うだろうか。議長国の顔を立てて首脳宣言を出した訳だが、後悔しているだろうと思う。それがなくとも、消費税延期を言いたいがために世界経済危機の認識が持ち出された訳で、「私たちを便利に使ったわね」という感想になるのではないか。私は安倍氏を首相としてもつ状況が日本人として恥ずかしい。

追記: 毎日新聞 2016/06/01 朝刊にリーマン・ペーパーの舞台裏が書かれている。
首相、増税再延期決定(その1) 「リーマン資料」極秘準備 経産主導、財務・外務反発

 「世界の商品価格はリーマン前後の下落幅と同じ」「新興国の投資伸び率はリーマン後より低い水準」−−。現在の新興国の景気減速と2008年のリーマン・ショックを比較する数値が並ぶ資料は、政府関係者らの間で「リーマン・ペーパー」と呼ばれ、首相がサミットで世界経済の「リスク」を強調し、外的要因による増税先送りを主張する補強材料としての役割を果たした。

「私がリーマンショック前の状況に似ているとの認識を示したとの報道があるが、まったくの誤りである」というのは、「書いてあるのを見せただけだもん」ということかもしれない。「TPP断固反対と言ったことはない」というのは、自民党の選挙ポスターに書いてあっただけだったのと同様に。本当に恥ずかしい。

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