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おはようございます。伊能忠敬です(ウソ)。

【絵文録ことのは】松永英明さんの「グーグル・ストリートビューに儀礼的無関心を求めるのは筋違い」に対して、私は

エクステリアの「あるべき論」はわかるが、日本人の少なからずの人が「エクステリア」=「金持ちの道楽」と思っている。また、Webの世界の「あるべき論」を適用するのも間違い。

というコメントともにブックマークした。これに対して松永さんは次の記事「グーグル・ストリートビューは、やっぱり気持ち悪くないと思う」で、

ここで使った「エクステリア」という用語は、単に建築物の「内と外とさらに外」みたいな区別を厳密化させるために用いたものであって、たとえばアパートのベランダなども含めることは本文で書いたとおり。
つまり、外から見られる部分について、実際に(日本人であろうと何国人であろうと)「私的領域に属しながら、外から見られる」ことを(おぼろげながら)自覚しているはずだ、という話。

と書かれている。それは分って上で書いているのだけれど、ブクマコメントでは十分な説明になっておらず誤解を招く。ここではもうすこしまとめてみたい。

概要:良し悪しはともかくとして、私的領域と公共領域の境界をふくめて、ゆるいことは日本の文化だろう。グローバルスタンダードに合わせなければならないのだろうか。

ここで「文化」というのは、「芸術」とか、保護すべき「伝統」ではなくて、「共通の価値観」という意味。日本人の好みが変わって行けば変わって行くもの。多くの人が電車の中でケータイ通話が気にならなくなれば、車内放送での呼びかけもポスターもなくなるよ。

実は私も最初はストリートビューは単純に面白いと思った。今は大都市しかないし、大都市の中で知っているところは繁華街くらいなのでそういうところしか見ていなかったから。

それが、松永さんの記事でもとりあげられたhiguchi.com樋口さんの「Google の中の人への手紙 [日本のストリートビューが気持ち悪いと思うワケ]」という記事を読んで、なるほど単純に面白がってはいられない問題だなと思った。この樋口さんの記事は、単なる違和感ですませるところを、文化的背景から説明しており、良い記事だと思う。

松永さんの記事はそれを理解した上で否定している。「見て見ぬふりをしてほしい」というのに対して、「実際にもともと見えていたものなのに、それに無頓着過ぎたのだ」というのでは妥協点はないだろうな。

まず、「見える (see) 」と「見る (look at)」では違うと言うことをあげておこう。Googleストリートビューは「見える 」と「見る」に変える装置だ。

ここでやっと「エクステリア」の説明に入れる。もう一度松永さんの認識をあげる。

単に建築物の「内と外とさらに外」みたいな区別を厳密化させるために用いたものであって、たとえばアパートのベランダなども含める。

多くの人はこの意味での「エクステリア」は理解できるだろうし、「エクステリア」という言葉は使わなくても外から見られている空間であることは認識しているはずだ。そこを私は、

エクステリアの「あるべき論」はわかる

と書いた。

その上で私は、

日本人の少なからずの人が「エクステリア」=「金持ちの道楽」と思っている。

と書いた。見えるのは分るけど、それを写真に撮られて全世界に公開して恥ずかしくないというレベルまで持って行くだけの余裕は金銭的にも時間的にもない、勘弁してよ、ってことだ。

「恥ずかしくない」というところがポイントで、高級住宅街にぽつんと自分の家があったら恥ずかしいけど、周りもみんなそんな家だし、おっさんがステテコのまま歩き回っているようなところなんだから、「見て見ぬふりをしてほしい」ってことだ。

そんな「ゆるさ」を日本人はもっていると思う。それを一気にグローバルスタンダードに合わせることを強いるのがGoogleストリートビューだろう。

「Webの世界の「あるべき論」を適用するのも間違い」も同じ。これは無断リンクをいやがる人達と同一視したものだが、Webでの公開はもともとフラットで全世界に公開されていたものであって、自宅をそこに来る人に見られているのとは訳が違う。

「金銭的に余裕がない」と書いたが、家を持つ金があるんだったらそのくらいの余裕はあるだろ、エクステリアのメンテナンスまで配慮することを含めて家を持つとことだろ、という指摘はあるかもしれない。でもね、やっと買った家だってGoogleカー (高木浩光さんは「Googleカー」と書いていたw)から下手したら窓の中まで見えるくらいの敷地に建てていて、アメリカの住宅地や農村とは違う。借家だってアパートだって同じ。洗濯物をベランダに干さざるを得ない。それにやっぱり日本人はいくら貯金があっても余裕がないんですよ。まだ読んでいないけど、吉村 葉子 「お金がなくても平気なフランス人 お金があっても不安な日本人」に書いてある (はず)。

これからGoogleストリートビューはアジアの他の国やアフリカにも進出してくるんだろ。もちろん価値観も違うので抵抗もかえってすくないということはあり得るけど、日本以上に貧しいところが多い。アンカテessaさんは、「グーグルにNO!と言えるニッポン」

このエントリは、相手が違う文化、違う常識を持っていることを前提としていて、そういう相手に理解してもらえるように説明している所が素晴しいと思ったからです。

こういう形で異議をとなえることは、日本の重要な責任ではないかと私は考えています。

と書かれている。

Googleには全世界で同じサービスを提供するという方針とともに、それぞれの文化を尊重する姿勢はあると思う。また、”evil”にならないことを宣言しているし (これをGoogleは”evil”でない = Googleがやっていることは正しいと思っている人も多そうで心配だけど)。今回はそれに気づかなかっただけだと思うので、何らかの形で改善することを望みます。少なくともカメラの高さを人の目の高さにすることくらいはできるはず。

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