プール事故少女のご両親は今、市や管理会社の責任を追及する前に、自分を責めているに違いない。

・排水溝のふたが開いているのを知っていたら、そばに行かないように言ったのに。
・流水プールで流される子供とのそばにいるようにぐるぐるプールサイドをまわることも必要があるならやったのに。
・それでもそばに流されることは避けられないから、プールに入れないようにしたのに。
・監視員がそばに行かない様にと注意しているのを知っていたら…
・プールの管理体制がずさんなことを知っていたら…
・そもそもプールに連れて行ったこと自体が間違っていたのだろうか…

今回の事故は両親にとって不可抗力だったと分かっていても、多くの親はそう考えると思う。また、多くの親がそう考えることを想像するのは難くない。

今回の事故は、管理運営側の問題が既に次々明らかになっている。この段階においてもなお親の責任を問うのは、犯罪の二次被害と同じレベルと言えるだろう。「いじめられる方も悪い」、「性的犯罪を誘う服装をするほうも悪い」と責めるのと同じようなもの。

本音を言ったのは適切ではなかったが、多様な意見のひとつであって、世の中に多様な意見があるのは認めるべきであるという主張だが、公の場で意見をいうことは行動を起こしていることでもある。例えば差別的な考えを持っている場合、それを「意見」として発言するのは差別になりうる (場合による)。ブログに書くことは公にすることという認識がない点も問題のひとつであろう。

この高校2年生も皆さんからの意見をうけとめ反省もしているようなので触れないでおこうと思ったが (その点を評価するコメントもみられる)、この2点は曲げる意志がないようなので、この稿を書いています。

これまで私は、子供がネットを使うことの可否判断を、被害者になりうる可能性で考えてきたが(リスクを低くする方策が分かっているか、リスクを受けれる覚悟があるか、など)、その前に加害者になる可能性も考えないといけないと思う。

追記 (1): その後 「コメントに答える・その3」で、親に責任を問うのが誤りであったことに気がついていただけたようです。ひとつひとつのポイントを真面目に考えているようですので、今後に期待できると思います。

追記 (2): お母さんはそばにいて

母親「娘の体つかんだ…」 埼玉プール事故 (産經新聞 2006/08/03)

瑛梨香ちゃんが流水プールの吸水口に吸い込まれた瞬間、母親(38)はプール内で娘のすぐ後ろに立ち、プールサイドに上がるため反動をつけようと潜る娘の姿を見ていたという。
「吸い込まれた!」。プールサイドで注意を呼びかけていた女性監視員が気づき、大声で叫んだ。直後に母親も娘の名を叫び、自分の腕を吸水口に突っ込んだ。
「瑛梨香の体の一部をつかんだ」と母親。しかし秒速2.4メートルの水流が母娘を引き離した。

お母さんの無念さはいかばかりかと思います。

広告