ハリーさんのメール派にトラックバックしています(間違えた。往復書簡4のほうにトラックバック送ってた)。ここで宿題のひとつ「ネットのテキストベースコミュニケーションについて考える」を片付けたいと思います。

ハリーさんと同様、私もメール派です。電話は苦手だと言ってもいい。異常に緊張する。比較の問題ではなくメールがなかったときからそう。

「音声 VS テキスト」と「リアルタイムVS非リアルタイム」の2つの対比軸がありますが、やはり後者が主な理由ですね。考えをまとめられる。見直せる(じゃあ漢字変換間違えたままにするなよってつっこみが)。

さてここからが宿題。この宿題の契機も、ハリーさんの往復書簡4なのですが、テキストベース非リアルタイムコミュニケーションにおける問題について考えます。メール、メーリングリスト、掲示板、ブログ(のコメント)は同じような性質を持ちます。

ハリーさんは、主に「過熱」のことを書かれています。

相手の文章をプリントアウトしてじっくり読む、自分が書いた文章を一晩寝かせてみる、しばらく離れて別の事に熱中してみる等、いずれ時間を置くのが効果あるようです。画面上でリアルタイムのやり取りしているとどうしても冷静さを欠いてしまいますからね。

これはそのとおりだと思いますが、リアルタイム性とはちょっと違った側面として、インタラクティブ性をあげたいと思います。

メール等ではいくら反応が速くてリアルタイムに見えてもひとつのメッセージに割り込みはできませんが、電話やFace-to-faceの対話では、話の途中で割り込んで質問したり、間違いを正したりできます。前提が共有されないまま論旨が進んだりすることを避けたり、最悪この人とは前提が共有できないことが早めにわかり不毛な議論を避けることができます。

また、インタラクティブ性のない(非同期の)コミュニケーションのこういう特質が理解できない人もいるようで、その場合さらに冷静さを欠いたものになります。これは極端な例ですが、昔、次のようなやり取りをみたことがあります。A1~AnとB1~Bnは一つのメッセージの中の部分(段落と考えて良い)です。

発言者A
A1 (前提) XXXはXXXXです。
A2 (発展) したがってYYYです。
:
An (結論) というわけでZZZです。

発言者B
B1 > A1
それ前提が間違っています。正しくは…
B2 > A2
前提が間違っているので、これも正しくなく、…
:
Bn > An
だーかーらー。

発言者Bは、B1でA1をただしたのにも関わらず、また、ずっと説明したものが理解されずAnの発言が出されたように感じたのですね。

これを避けるためには、一つずつ確認をとりながら進める必要がありますが、それも知識や理解の基盤が共有されている場合でないとうまくいきません。例えば、「梅雨はカビがはえやすい」ということが常識だと思っていれば、これに対して確認を求めようと思いません。その「常識」を知らない人にとっては論理の飛躍にしかみえません。ここでなぜですかと問われるとどこから説明してよいか悩みますよね。これはまだ科学的なので単純な例だと思いますが、信念などが入るとやっかいですね。見えないもの(水蒸気やカビの胞子)は信じないとか。

最初にテキストベース非リアルタイムコミュニケーションの例に「ブログ(のコメント)」をいれましたが、ブログ自体に関してはちょっと違うかとも思っています。それは基本的にはブログは対等なコミュニケーションではないと思っているからで、どちらかといえば本や講演に近いと思います。著者の主張は、受け入れられるかそうでないかであって、他で批判することやコメントで間違いを指摘することは出来ても、ただすことはできないものと思うのです。もちろんトラックバック企画のように、そうでない使い方をしてもかまわないのではありますが。ハリーさんもその点を意識して「往復書簡」というタイトルを使われたのだと思います。

いかがでしょうか。インタラクティブ性以外の対比軸があるとか、インタラクティブ性の中でもこういう側面がある等、ご意見を頂ければ幸いです。

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