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こんばんは、菅野美穂です (ウソ)。

ちょっと前になりますが、一緒に日本語学校で勉強したことのある香取慎吾君が、テレビドラマで、

「お話を聞かさせていただきます」

って言っていました。おいおい、「聞かせていただきます」でしょ。あんたは日本語学校で何を勉強したんだと問いたい、問いつめたい…

さらに情けないのは、これが一発撮りのバラエティではなく、ドラマだったってこと。脚本家がそう書いたの? ディレクターも気がつかないの?

もとに戻ります。「せ/させていただきます」は、次のような構造を持っています。

動詞未然形:
せ/させ: 使役の助動詞 (この場合、意味的には「許可」)
前の動詞の活用が五段、サ変 (「さ」)のとき「せ」、上/下一段、カ変のとき「させ」
て: 接続助詞
いただき: 動詞「いただく」(= 「もらう」の謙譲語) の連用形
ます: ていねい助動詞

「聞く」は五段動詞なので、「聞かせて」となる訳ですね。たぶん「いただきます」をつけなければ、「聞かせて」と言うと思うんです。「遊ばせろ」とか「歌わせて」とかね。じゃあなぜ「いただきます」をつけると「聞かさせていただきます」になっちゃうかというと、「させていただきます」を一つの語として覚えちゃっているのだと思います。そして、意味 (「許可を頂いている」) を考えず、こういう場合はそういうもんだと覚えているのでしょう。

「させていただきます」を一つの語として扱うということは、この中の単語の構造、その中の用言の活用もなくなっているということを意味します。言語が国際化する上で、こういう簡略化= pidgin化は避けられないのかもしれません。日本語も国際語になってきているということで喜ぶべきなのかもしれません。

「すごい大きい」、「すごい流行ってる」も同じです。もともと「すごい」は形容詞で活用します。「大きい」や「流行る」のような用言には、連用形の「すごく」がつくはずですが、「すごい」のまま、すなわち活用せずについています。活用させるという難しい言語現象が省略されている訳ですね。

構造がなくなっている例として、「ありえない」、「やむをえない」があります。構造あるじゃん、と思うでしょ。確かに、「ありえない」は、「あり (ある) – え (える/うる) – ない」という構造がもともとはあります。しかし、これが否定になると「ありえなくない」というんですよ。本来は否定の否定ですから「ありえる」になるはずなんですけどね。「ありえない」という新しい形容詞が成立していることが分かります。

「やむをえない」は、「已む-を-得-ない」という構造を持っていますが、もう一つの単語といっていいでしょうね。ただもとの構造は知っていてほしいですよね。「やむおえない」とか書いているひとを見ると、やはり構造がなくなっているんだなと思わせられます。「やもうえない」(たぶん発音は「やもーえない」) って真面目に書いている人もいました。

「せ/させていただきます」は正しい文法で使っても耳障りとか、「ありえない」もやめてほしいというご意見のかたもおられると思いますが、ここでは、日本語ウォッチングの井上にならって、そのままうけいれて分析/考察してみました。

それから、上記記事に誤りがありましたので、補足しました。失礼しました。

クイズ: 以下の表現は正しいでしょうか。

1) 見せていただきます。
2) 通させていただきます。


答えは…

どっちもOK (期待外れで申し訳ありません)

1) 「見る」に使役をつけると「見-させる」なんですが、「見せる」という語も別にありますので。

2) これも、もともとが「通る」だったらramuさんのように「通-らせ-て-いただき-ます」にしないといけません。でもこれも「通す」という語が別にありますので、「通さ-せる」となりこれでも正しいです。「このやり方で通させていただきます」

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